. 14歳の時に、演劇を教えている先生に誘われて、お休みの教室で抱きすくめられて、その後アパートで処女を奪われました。. 先生のことは最初から好きだったので、レイプではありません。. 私は14歳で身長が165㎝50㌔で、B75、W52、H76ありました。. オッパイも大きく運動会で、胸を揺らせて走ると、男の子によくからかわれました。.
ママに言ってブラジャーをつけました。. もちろんメンスもありましたし、タンポンを使っていました。. オナニーも友達に聞いて初めてクリトリスを触って、快感を知っていました。. ですから先生に休みの日に出て来いと言われた時には、もしかして処女を捧げるのかと思っていました。. 先生に抱きすくまれた時には、木綿のパンティーが少し濡れていました。. キッスをされて、Tシャツの前からいきなりCカップのオッパイを触られた時には、もう抱かれても後悔しないと覚悟していました。. でも先生は淫行だと知っているようで、すぐにはアソコは触りませんでした。. でも先生のズボンの前が膨らんで、私の下腹部に当ったので、勃起していると思いました。. 「先生が抱きたければ、私も好きだし、コンドームを使ってくれたら、SEXをしてもいいよ」と言いました。. 「本当なのか、でもここにはそんな物を持っていないので、うちのアパートまで来るかい」と言われて「いいですよ」と返事しました。. 夏の暑い日で、扇風機を回して、万年床の敷いてある和室で、全裸にされてすぐに勃起したチンポを持たされました。. 先からはぬるぬるな液体が流れていました。. すぐにオメコを開かれて、薄い陰毛を搔き分けて、クリトリスの皮を剥かれました。. 白いカスが着いていてたぶん小便臭かったと思います。. セックスすると解っていれば、朝にシャワーぐらいは浴びてきたのに、仕方ありません。. 先生のペニスを初めて見ました。. 先生のあそこはやはり皮を被っていて、一気に自分の手で剥いていました。. やはり少し滓がついていました。. でも大きくなったペニスは子供のころ、父親がママの裸の上でチンポを大きくして、アソコに入れているのを見たことがあるのでそれ以来です。. 「可愛いオメコだなぁ、お前はオナニーをしているだろう」とクリトリスを触りながら聞きます。. 「何でですか」と聞くと「14歳にしては突起物が大きく立っているよ」というのです。. 薄い陰毛を分けて、饅頭型のアソコを開いてペニスを宛がいました。. 「痛くしないでね」とお願いしました。. 「わかっているよ、だって処女膜が見えるから」と言いますが本当でしょうか。. 先生のチンポはあまり大きくはないので、これならあまり痛くはないだろうと思いました。. だってパパのものは物凄くでかくママが、凄いよ〜とわめいていましたから。. アソコが濡れてきて、先生はコンドームをつけて、先に唾をつけて入れてきました。. 膝を大きく分けて、アソコを見られるのはとても恥ずかしい思いでした。. 少しずつ膣の中に入りました。. 入り口が緊張でかなり締まっていて、挿入に時間が掛かりました。. でも「痛いよ〜」と言っているうちに、膣の奥まで一気に根元まで入っていました。. 少しの出血があり、先生も「少し我慢しなさい」とそんなには動きませんでした。. でも締め付けるようで、10分もすると先生が突然「おい、もう気持ちがいいから出すぞ〜」と言いながら射精をしたようです。. 私のあそこからペニスを抜くとコンドームの中には精液がたっぷりと溜まっていました。. 私はなんとなく物足りない気持ちでしたが、これでオンナになれた喜びみたいなものがありました。. 「先生と結婚したいなぁ」というと「それは無理だな」とそっけなく言いました。. あれから6年が経ちました。. 先生とはその後3年間は週一で性交していました。. 東京に出てきて、ママの妹が住んでいる田端に行き、タレントスクールに入りましたが、田舎者はすぐには無理だと実感してお金を稼ぐために、今は風俗営業の吉原のお店でセックスをして、月に40万円位は稼いでいます。. あの頃が懐かしいので、初めてこのサイトに書き込みしました。. .
ソース:インターネット